2008年6月29日 礼拝に備えて
ネヘミヤ記 4章1〜20節
「われわれは四方八方から不利なハンディキャップを負わされるが、決して挫折はしない。途方に暮れるが、決して絶望はしない。迫害を受けるが、一人でそれに持ちこたえるのでは決してない。われわれはノックダウンされるかもしれない。しかし決してノックアウトされるのではない。」(コリント第二4:8〜9 J.B.フィリップス訳)
使徒パウロが、非常に多くの試練に直面しながら、しかも神のご計画のために立派にその働きを完遂したことを、私たちは新約聖書から知っています。
フィリップス訳にあるように、ノックダウンされることがあっても、決してノックアウトされない強さを持たなければなりません。ネヘミヤの神より与えられたビッグプロジェクトである「城壁再建」は、本日の箇所4章にあるように、真正面から批判され、敵対心を示され、脅しをもって攻撃されたのです。
私たちが神のみこころを行なう時に、例えば信仰を持とうとする時、職場で証しをしようとする時、教会の宣教の前進を図ろうとする時に、反対が起こるのです。霊の世界では、悪魔ともサタンとも呼ばれる者どもがその専門家です。また、妨害者は現実の人や団体の場合もあるでしょう。ネヘミヤの祈りと行動の実践を学びましょう。
1、神のみこころを行なう者に対して、しばしば反対者や困難が現れます。
2、反対や困難に遭遇した時に、まず神の御前にひざまずき祈ることが第一です。
3、祈りつつ同時にすべきことがあれば実践しなくてはなりません。
(M.F.)
2008年6月22日 礼拝に備えて
マタイの福音書 16章13〜22節
石橋教会は、「イエス・キリスト」の教会です。この「教会」の意味を今朝は、マタイ16:16〜18のみことばを中心にして、学びましょう。この聖句は、ローマ・カトリック教会にとっては殊のほか大切なものとなっています。18節の「この岩」をペテロ個人とする解釈に基づいて、カトリック教会の組織的な初代の長はペテロであり、歴代のローマ法王はこのペテロの立場をずっと継承してきていると理解しているからです。
健全な聖書解釈の観点からは、このような理解は難しいのです。その理由は、次のようになります。
(1) ペテロの信仰告白は、弟子団を代表してのものであり、決して純粋に彼だけの答えとして信仰を告白しているのではありません。並行記事のマルコ8:29、30とルカ9:20,21も、キリストの約束である19節のことばも純粋にペテロ個人というよりも、ペテロを代表とする弟子団の視野があります(マタイ18:18も参照)。
(2) ペテロの信仰告白は、その時点では、まだ、不十分なものでした。キリストご自身、この時点での大々的な宣教を禁じています(20節)。ペテロはまだ、イエスの通っていく十字架も復活も理解していませんでした(21,22節)。
(3) ペテロの信仰告白は、イエスの復活と御霊の降臨によって十分なものになります(使徒2:32〜36を参照)。
この信仰告白を共有する信仰の共同体が「イエス・キリストの教会」なのです。
(T.M.)
2008年6月15日 礼拝に備えて
ネヘミヤ記 3章1〜12節、28〜32節
ネヘミヤは、偉大な神の御前で、神より与えられる力と信仰により、この大きな挑戦に直面しました。
本日は、父の日ですが、ネヘミヤはおそらく宦官で、子どもはいなかったでしょうが、多くの男性が彼の姿の中に、理想的な父親像を見出すことができるでしょう。そして、本日見る3章には、汗水を流して一生懸命に城壁再建の労働に従事する人々の群像が描かれています。
「さあ、再建しよう。」の掛け声の通り、彼らはネヘミヤと同じ思いとなって、この困難な犠牲の多いわざに着手したのでした。
今日の箇所から、労働の意味や、神の教会を建て上げる働きについて、ともに学びたいと思います。
1 城壁再建という働きの目的
ネヘミヤはただ一つのことを追い求めていました。それは、神の栄光です。「さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上そしりを受けないようにしよう。」(2:17)とは、神の栄光に傷をつけられない、侮られないことを表しています。
2 城壁再建で働いた人々の姿
神は、あらゆる種類の人々を用いて、その働きを進められます。男性も女性も、プロの職人も普通の人々も、住んでいる場所も違いがありました。幾人かの人々は、他の人よりも多く働きました。例えば、バルクという人物は、「熱心に修理した」(20節)とあります。また、ある人々は、働くことをしませんでした(5節)。詩篇87:2にあるように主は、「シオンのもろもろの門を愛される。」お方です。
(M.F.)
2008年6月8日 礼拝に備えて エペソ 1章15節〜23節
おはようございます。今朝も主にあって共に集えたことを感謝します。この礼拝が祝福された時となるために、ひとときの間、心を神様に向けましょう。
今朝のメッセージは「神を知るための知恵」と題して、私たちが神のことを今以上に知るためにどのようなことを心がければ良いのかを考えてみたいと思います。
知恵と言っても何か資格のようなものがないと神のことを理解できないわけではありません。知能指数の高低が理解度に比例するわけではないからです。むしろ、聖書の真理の理解度は知能指数に反比例する場合の方が多いでしょう。
はっきりと言えることは、神を知るために必要なことは知能だけではないということです。ですから、他の学問を習得する方法で聖書を読んで神を知ろうとしても、なかなか真理には到達しないでしょう。もちろん、オカルト的な霊感と言われるものも必要ではありません。
神を正しく知ることは、その人の人生を豊かにさせます。そして感謝と喜びの中で日々を送ることができます。聖書を手にするすべての人がその真理を知り、祝福された人生を歩めると感謝です。
2008年5月25日 礼拝に備えて ネヘミヤ記 2章9節〜20節
古代の町づくりにとって、城壁はなくてはならぬものでした。城壁のない町は、敵の侵入を許し、絶えず防衛上の危険を持つことを意味していました。ネヘミヤの時代、ゼルバベルの主導によって建てられた神殿も、外敵にさらされたままになっていたのです。
預言者イザヤは、ネヘミヤの時代の約 300年近くも前から、エルサレムの町の再興を記していました。
「見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。」(イザヤ49:16)
エルサレムの城壁に御心を留めるお方は、神の民の霊的状態にも御目を注いでおられました。再建者ネヘミヤをリーダーとして立てられ、町を、人々を生き返らせました。ネヘミヤの姿こそは、あらゆるクリスチャンの良きモデルです。なぜなら、現代の私たちも、この世界の破れ口を修理し、霊的に建て直す使命を受けているからです(エゼ22:30)。
本日の箇所から、教えられる点を見てみましょう。
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ネヘミヤはひとりで過ごし、行動する時間の大切さを知っていました(11〜16節)。
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ネヘミヤは民と一つとなって、行動する大切さを知っていました(17〜18節)。
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ネヘミヤは天の神とつながっているという確信が物事を遂行する力であることを知っていました(19〜20節)。
2008年5月18日 礼拝に備えて エペソ 1章1節〜14節
おはようございます。日々の歩みが支えられ共に礼拝できる事を感謝します。
今朝の礼拝メッセージは、前回同様、新約聖書のエペソ人への手紙1章から語らせて頂きます。1章の冒頭で三位一体の神の御業がたたえられています。多くの教会で読まれる前提で記されたエペソ人への手紙が、三位一体の神を強調しているのには、どのような理由があるのでしょうか?ただ単に父なる神、御子イエス、聖霊のそれぞれの役割を理解して知識を増し加えるだけでなく、その真理を受け止めて、今の私たちの歩みに活かしていきましょう。
なぜなら、1章で語られている真理は、後の章で語られる奥義や、具体的な信仰生活の歩みに大きく関係しているからです。聖書の真理を正しく理解し、みこころにかなったキリストのからだを建て上げていける事はなんと素晴らしい事でしょうか。少なくとも、真理を知らずに間違った考えで教会形成をするという、空をうつような虚しい歩みは避けたいと思います。
神様の偉大なみこころをしっかりと受け止め、主を信じるひとりひとりが祝福された日々を歩む事ができれば感謝です。
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